『旧記考評並系図』
足高流宗治の子孫 紀州藩士 岡見市郎久映が享和3年(1803)
に書き記したものである。
これらのほか戦国時代の書状が岡見文書として現存している。
『旧記集覧』
旧記集覧も享和3年(1803)に書かれた。この中には市郎が各地
の同族に先祖の問い合わせをし書き記している。この讃州同苗氏三郎
系図に我が家の先祖の系図も記載されている。内容は高松藩士由緒録
に合致している。
このほか水戸藩甚内方と江州彦根井伊藩士岡見半太夫という者とも文
通している。水戸系の系図は水府系纂とも合致してる。
この当時、水戸・高松・彦根と情報を収集したエネルギーは計り知れ
ないものであろう。
岡見文書 北条氏照よりの書状 伊奈町史 史料編一より
岡見市郎久映(ひさてる)略歴 伊奈町広報より抜粋
明和 5年 1768 紀州藩士岡見市兵衛久珎の嫡男として誕生
安永 9年 1780 5月祖父市兵衛胤栄病死
7月父市兵衛の死去により家督を相続二百石 12歳
天明 3年 1783 主君徳川治宝に初御目見え
天明 7年 1787 御小姓として出仕
寛政 7年 1795 御目付となる
寛政10年 1798 横須賀御手先物頭となる
寛政12年 1800 小十人頭となり、同年御用人となる
文化 元年 1804 御小姓頭となる
文化 3年 1806 御小姓番頭となる、二百五十石に加増
文化 5年 1808 「紀伊続風土記」編纂取扱を仰せ付かる
文化 6年 1809 御供番頭格となる
文化 7年 1810 江戸へ出仕
文化 8年 1811 江戸より和歌山へ帰国
5月11日再び江戸へ向かう途中、浜松にて病死
享年43歳

江戸後期に祖先について調査し、記録書としてまとめあげた岡見久映氏
と、400年以上も古文書を代々守り続けた和歌山の岡見家の方々の努
力に敬意を表すと共に感謝いたします。